議員を「先生」と呼ぶのは、もはや皮肉でしかないと気づかないのだろうか

国会議員や地方議員になると、周りから「先生」と呼ばれることが多いです。

昔の政治家は書生などを居候させており、彼らから尊敬を込めて先生を呼ばれていたのだそうです。

今でもその風習が残って政治家のことを先生と呼ぶそうです。

でも実際に議員を先生を呼んでいるのは周りだけで、一般市民がそう呼ぶことはほとんどありません。

そんな中、選挙が近づき、政治家の先生呼びってなんとかならないのかという話題が出てきました。

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議員の「先生」呼びは勘違いを助長する?

国会議員や地方議会の議員を「先生」と呼ぶのは昔から違和感があるというのは、忘れたころに話題になりますね。

でも、実際に「先生」と呼んでいるのは議員同士、秘書、周りで支えている役人や公務員、あとは後援会の人々くらいではないでしょうか。

それ以外の人が議員を先生と呼ぶことなんて聞いたことありません。

 

どうせ内輪だけの話になるので、先生呼びがおかしいと話題にしたところで、本人たちは気づかないのでしょう。

それに、議員なんてチヤホヤされてなんぼの人種ですから、そう呼ばれることに慣れていますし、逆に先生を言われないと、すぐに不機嫌になります。

役人なんて、それをわかっているので、議員を先生と呼ぶことでおだてて、自分達の思い通りにコントロールしているのでしょう。

あとは議員本人がそれに気づかず役人に利用されるのか、そうはならないぞと腹の探り合いをするのか、そこで政治家としての力量が決まるのでしょう。

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一般市民が議員を「先生」と呼ぶのは皮肉でしかない

議員の先生呼びなどは、周りが勝手にやっているだけなので、一般市民からしたら、どうぞ勝手にやってくださいという感じではないでしょうか。

逆に、一般市民が議員を「先生」と呼ぶのは、皮肉なのか、馬鹿にしてわざと呼んでいるだけではないでしょうか。

 

なので、週刊誌などで「先生方」とか「先生」と書かれた場合は、その議員のことをコケにしているだけです。

そして、一般市民のほとんどが同じことを思っているはずです。

 

特に最近などは吉川赳「先生」が、色々と問題になっていますね。

自民党からはもちろん、地元の後援会からも見捨てられているというのに国会議員を辞職しないと椅子にしがみついています。

とにかくボーナスをもらうまではと必死のようです。

捕まると大変なので雲隠れし、世間から反発を食らっていますが、それでもやめないということは、それだけ国会議員って美味しい職業なのでしょうか。

そのうち街宣車とかが吉川先生の地元などにやってきて、褒め殺し演説が行われるのではないでしょうか。

果たして吉川先生は、どこまで逃げ切ろうとしているのでしょうか?

 

結論として、一般市民が議員のことを「先生」と呼ぶのは、尊敬どころか皮肉であり、馬鹿にしている証拠だということ。

ですので、今後は議員のことをみんなで先生と呼んであげましょう。

でも、議員なんて裸の王様が多いから、気づかないのかな?