猪木ボンバイエ「炎のファイター」元ネタのモハメド・アリ「ALI BOM-BA-YE」とは

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アントニオ猪木の逝去から少し経ちますが、連日メディアを中心に追悼や過去のエピソード記事で溢れております。

いかにアントニオ猪木がすごかったかが伝わってきます。

そしてバックにはテーマ曲である「炎のファイター(猪木ボンバイエ)」が流れることも多いですね。

現役時代から猪木の入場曲として使われてきた炎のファイターは、もともとはモハメド・アリのテーマ曲だったものをアリから猪木にプレゼントされたのは有名な話です。

実際に、アリのテーマとして使われていたオリジナル(元ネタ)はどんな曲なのか?

気になって調べてみました。

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「炎のファイター(猪木ボンバイエ)」元ネタの「ALI BOM-BA-YE」はどんな曲か?

こちらはご存じ、アントニオ猪木の「炎のファイター」です。

現役時代はもちろん、引退してからも猪木が登場する時には必ずと言って良いほど流れる入場曲です。

プロレスを知らなくとも、これが流れれば猪木だ!とすぐにわかるくらい世間に浸透しております。

 

では、元ネタとなったモハメド・アリのテーマである「ALI BOM-BA-YE」は一体どんな曲なのでしょう?

実際の曲がこちらです。

う〜ん、炎のファイターそのものですね。

というか、こちらがオリジナルですが。

炎のファイターはほとんどアレンジしていないというのがわかります。

 

炎のファイターの概要については、以下の通りです。

「イノキボンバイエ」のフレーズを持つ入場曲『炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜』は、元々モハメド・アリの伝記映画『アリ/ザ・グレーテスト』の挿入曲(マイケル・マッサー作曲)であったが、猪木と対戦したアリから猪木に贈られ、それをアレンジしたものである。

「ボンバイエ」はリンガラ語の「Boma ye」(ボマ・イェ)が訛ったもので、直訳は「彼を殺せ」だが、「やっちまえ」程度の意味で使われる言葉である。アリがコンゴの首都キンシャサでジョージ・フォアマンと戦った際の声援が由来とされる。

1977年(昭和52年)にシングルレコード「アントニオ猪木のテーマ 炎のファイター/炎のファイター(パート2)」(演奏:マンドリル(英語版))が発売(東芝EMI IER-20307)。同年、「炎のファイター〜アントニオ猪木のテーマ」(演奏、歌 : アントニオ猪木とザ・ファイターズ)も発売された。B面には歌詞(作詞:なかにし礼)をつけた「いつも一緒に」(歌:倍賞美津子)がカップリングされていた(東芝EMI TP-10341)。歌詞をつけたのはアリ戦後に彼から曲のレコードが家に送られてきた際に、倍賞が提案したからである。

Wikipediaの該当ページより引用>

 

ちなみに倍賞美津子が歌う歌詞入りの炎のファイターがこちらです。

 

悪くはないのですが、入場曲としては盛り上がりに欠けてしまいますね。

やはり歌詞なしのインストゥルメンタルバージョンがいいですね。

ジャイアント馬場のテーマ曲もカッコいい!

余談であるが、アントニオ猪木の終生のライバルであるジャイアント馬場の入場曲「王者の魂」もまたかっこいい曲です。

炎のファイターがあまりにも有名すぎるため披露される機会は少ないのですが、馬場といえばこれです。

 

当初、馬場の入場曲は日本テレビスポーツのテーマ(作曲:黛敏郎)であり長く使われていましたが、1980年代中盤に、全日本プロレスに入団した輪島大士に譲り、その後王者の魂に変更しました。

王者の魂は実川俊とTEmPAにより作曲され、はじめは1982年の世界最強タッグの入場式テーマ曲として使われました。

その後1984年から馬場の入場曲として使われるようになりますが、当初はビッグマッチ限定で、次第に常に使われるようになりました。

 

その後、プロレスでは選手ごとにテーマ曲が作られることが増え、リングを大いに盛り上げています。

炎のファイターは猪木、およびアリのテーマとして、今後も語り継がれていくことでしょう。